ホシゾラのじかん 

ヨガで心身を調和し 自分らしく過ごすお手伝い。

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治療の記録③-2


『とびきり暑い日には、りんごを一時間凍らせて』

さて。
3回目の治療を受けたあと、自宅の布団で具合の悪さにウンウン耐え忍び。
もーこんな辛さはこれ以上嫌だー、楽になりたいと心底願い、マントラと共に祈っていたとき。

私を今まで取り囲んでいた、しがらみがほどけていくのを感じました。
しがらみ、とは私が今まで持っていた欲の事だと思います。

その時具合が悪すぎる私は、家族のお世話や、知り合いとの連絡、自分をケア(息するので精一杯)する力、思考を使い何かを考え出す力、未来を描く力、過去を後悔する力、が湧いてこなくなりました。
家が散らかっているなとか、子供が勉強してないなとか、成功している人を羨んだり、誰かと自分を比べたり、離れた誰かを心配したり、戴いたものへの感謝の贈り物をしなくてはとか、メールの返事を返してないなーなどの、日常の思いと、だんだん遠く離れていく感覚でした。

きっと元気な自分には、なかなか手放せない欲だったっのだと思います。

それは、とっても楽な幸せな愛に包まれて許される感覚です。
そう、許される感覚!

目が開かない。
声もでない。
体は動かないけど、それに抵抗する必要もなくなって。
体が軽くなり、元いた場所にようやくもどれる安心感にリラックスが極まっていきます。
きっと死は怖いことではなく、幸せと愛に包まれながら、苦しみを作る欲やしがらみから解放されていくプロセスなのだと感じます。
私たちの沢山のご先祖さまたちもこうして死への
プロセスを経験してきたのでしょうね。

日常はとっても大切で、私たちに素晴らしい経験をもたらしてくれます。
究極に追い詰められた具合の悪さに、どうしてもこれ以上動きがとれなくなる時、自然と潔く正々堂々と、この身を委ねることができるようになるのかもしれません。そこに無理やプライドはもういらなくなります。

私たちはいつか死を経験します。
いまは怖さを感じる方もいらっしゃるかもしれません。
でもきっと大丈夫です。
その死の経験も大切に味わえる自分に変化していくために、日常は存在しています。そしてヨガや瞑想も。

今回、私は死に近づく経験をしたのだと思います。
(けれど私はまだまだ長生きします)

またそのうち、ヨガを再開したときにこんな感覚も織り交ぜながらお話しできたらいいです。

暑さも楽しんで、許していきましょうね。




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