ホシゾラのじかん 

ヨガで心身を調和し 自分らしく過ごすお手伝い。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

洗濯屋さんの話。




ヨガでは、身の回りで起こることは今の自分にとって必要なこと、修行である。
と説いています。

けれども、苦しみのど真ん中にいるとき、この出来事が自分には必要なんだと理解する事は大変難しいことです。

苦しみが必要だと真底感じるのは、きっと苦しみを越えた後にやってくる感覚なのだと思います。

ヨガに伝わる洗濯屋さんの話があります。

・・・・・
白いブラウスがシミで汚れた時、私たちは服をゴシゴシ洗濯板に擦り付けて洗います。
時には棒でシミが付いた部分を叩くかもしれません。

それは決してブラウスが憎いからではなく、シミを取り大切なブラウスを真っ白にしたいからです。

ブラフマン(宇宙を作っている意識)は私たちが憎らしくて苦しみを与えている訳ではありません。

心に溜まった長年の曇り、よごれ、こだわりを取るために、苦しみを与えてくれるのです。
それは私たちを愛しているからこそです。

・・・・・
地球に住む私たちがどんな方向に進んでいようと(戦争をしたり、人を憎んだり暴力したり、私腹を肥やしたりしたとしても)、大きな宇宙は私たちを見捨てず、何回でも生まれ変わりやり直すチャンスを与えてくれています。

それは見守り成長を促す、という最大の愛です。

私たちは愛に守られながら、ブラウスについたシミを少しづつ綺麗にしていく道を進んでいます。
たとえ苦しい道だとしても。

苦しいとき、ヨガはその道を進むための杖や道標になってくれます。

「ヨガが隣にあってよかった」と思えるとき。
それは、人生を味わい乗り越えている様を見る真なる自分が居るのだと実感している時でもあります。







スポンサーサイト

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。