ホシゾラのじかん 

ヨガで心身を調和し 自分らしく過ごすお手伝い。

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治療の記録④-2 個性について。


『自分の頭の中にホクロがあることに。
きのう気づきました』

人には個性があります。
生きているものにはすべて個性があります。

石にも木にも、水の流れが描く模様にも、私たちの指の腹にあるこの渦巻きの指紋にも、空の雲の形にも。ふたつとして同じ様子がないように。

そして、その個性は時間とともに移り変わっていきます。
指紋も身体がなくなれば、同じ模様が現れることはありません。

個性は永遠ではありません。
変化するものです。

ですから、その現われ出た個性を持続する必要もなければ、失っても後悔する必要も、苦し紛れに自分や周りに八つ当たりする必要も本当はない訳です。
人はみな年をとり、太陽はその原料となるガスを燃やしいつかは無くなる。
そうやって、自然のリズムは繰り返されてきています。
私たちは自然のリズムの一部です。
(でも人間は、その変化を受け入れられず苦しんだりします。でもわたしはそんな人間らしい感覚が愛おしく、味わいだと思っています。)

病気も。
そんな生きている私に現われ出た個性のひとつです。
そして、その治療方法も。
その人に与えられた宇宙に1つしかない個性であると思うのです。
そう、治療も個性です。

だから、世の中に色々な病気の現れ方があり、その人に必要な治療方法がある。
同じ病気でも、病気の受け止め方にも個性が現れ、そして個人の体質もみんな違っているから、治療も違う。
治療方法をひとつの枠にはめる事はできないと思っています。

ある人には効果的な治療方法も、他の人には効かないのはそういう理由です。
サプリメントも、身体にいいという食べ物も、代替療法も、運動もそうです。
一人一人の個性が違えば効果も個性となります。


その人その人、ひとりひとりに大切な人生のシナリオ。
そのシナリオには、それぞれ必ず違うことが書いてあります。

だから、自分のシナリオを生きればいいんです。
そしたら人生大満足になるはずなんです。
大切なのは、その自分のシナリオに気付けるかどうか。

それには、
前回治療の記録④にも書いた『確信』が必要となる訳です。

『確信』
根拠のない自信。
自分を信じる力。
生きる力。
その自信によって、前に進むことができる原動力。
腑に落ちる感覚。
霧が晴れて、迷い道から抜け出る感覚。
光が差し、暗闇の中に真実をみつける感覚。

この確信は、本当に苦しんで自分と向き合ったとき、意図せずもたらされる感覚なんだと思います。

自分が壊れてしまうくらい、自分の人生をこれ以上自分で支えられなくなった瞬間に表れる恩恵です。
(エゴがはずれということ)

この素晴らしい人生の答えがやってきたとき、それまでの苦しみや悩みや葛藤のすべては、塵となってまぶしい光の中に消えていきます。

あー、自分の苦しみ(マーヤ)はいったい何だったのだろう。
悪夢から目が覚めたようだ。と。

私は私の直感を大切に、確信を大切にしようと思います。
この思いにたどりつけたのも、今までの人生の選択と経験があったからです。
だから私にとって、この抗ガン剤は私を真から気づかせてくれる大切な治療でした。
苦しすぎて死にたくなる位(o^^o)
素晴らしい経験です。

なにより家族の愛や友人の支え、周囲の方からの応援を感じながら過ごすことができました。
すべてをつくり、このシナリオをわたしに与えてくれている神さまに感謝する気持が深くなりました。

わたしにこの病気の経験がなければ、わたしはヨガ教室をしていませんでしたし、こうしてこの文を読んでくれた方と出会えなかった。
本当に苦しみは神さまからのプレゼントです。

苦しみ真っ只中で死にたいなと思っていても、いつか霧が晴れて。
そのとき、ようやく苦しみの意味がわかり、感謝と愛が湧き出てきます。
これが、神さま(宇宙の源、ヨガではブラフマン)の計画の意図であると理解できます。


◎わたしは抗ガン剤の治療を受けたくて、自分の意思で決めて受けました。
そしてこの先の治療方法もわたしのシナリオです。

他の方には他のシナリオがあります。

これは、抗ガン剤を否定・肯定する内容ではありません。
抗ガン剤を受けてガンが小さくなり命が伸びた方も沢山いるし、反対に、抗ガン剤で体調が悪くなった方もいます。
(私の父は抗ガン剤で末期ガンの痛みが無くなりました)

地球という場所は、すべてが真逆の性質を持っています。

抗ガン剤にも、メリットとデメリット。
これも抗ガン剤を受ける方の個性です。

誰からの意見や考え方を参考にするのは素晴らしいですが、最後はすべて自分の自立した感覚で選択できると一番いいと思います。

でも、その自立した選択、が難しい(o^^o)ですよね

そんな時は、やるだけやってみて。
そして自分の確信が変わったらその時にまた向き合えばいいです。
人はそうやって生きるしか仕様がないんです。

この身体の人生は一回だけど、命の人生は永遠ですから。
恐がらず何度でもチャレンジすればいい。
人生は実験です。

うわやなぎさ




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治療の記録④ 季節の話も。


『空気が秋の気配になると、トマトの味が濃くなる気がします』

今は夜です。
2016年8月13日。
夜も真夜中の午前3時(*^^*)
日付けは14日になってますね。

目が覚めてから寝付けないので、治療の記録をつけることにしました。

そう。
私は4回目の治療が終わり、今は回復期です。
世の中はお盆。
そしてRioオリンピック。

ニュースでは帰省渋滞や新幹線の混み具合や、日本選手の活躍を知らせてくれています。

今年の夏は梅雨が長引いたのもあって、暑さがあっという間に残暑に変わり、夜は秋の虫の声がしだいに増えてきています。

私は秋の生まれからか、虫の音を聴くとホッとして秋の静けさが待ち遠しくなります。
(夏生まれの私の母は、夏が始まるとワクワクし、8月のお盆を過ぎた頃は物悲しくなる、と話しています)

夏は季節のエネルギーが爆破しますから、人の意識も外向きになります。
秋に向けては、その開放されたエネルギーが収束に向かい引力が働くので、意識はしだいに内向きになり、瞑想するのに心地よい季節になっていくんです。

呼吸で例えると

春から夏に吸って、
秋から冬に吐く。

ホッとしたとき私たちは、息を吐きます。
季節も呼吸してめぐっていきます。

さて。
治療の記録でした。

ヨガでは『誠実に正直に生きる』ことを大切にします。
私は自分や人を傷つけないことを大切に、いつも誠実でいれたらなあと思っています。
ですからこの記録も、私の感覚や体験したことがそのまま伝わればいいなと願っています。
(いつの日か、どなたかの人生の何かの足しになるかもしれないと思い、そのままを書きますね)

今回、わたしは治療の捉え方が大きく変わりました。
そして、その変化を支えアンテナになってくれたのは、私の大切な身体と心でした。

4回目の抗ガン剤治療を受ける前夜。
翌日の抗ガン剤治療を思うと、なぜかポロポロ涙が止まりませんでした。
治療の副作用が辛くても、この経験はわたしの大切な一部なんだという気が底支えしている中、なぜ泣けるのか理由がみつかりません。
泣きながらも、きっと明日は大切な治療をうけるのだな、という確信がやってきていました。

確信というのは、すごいです。
自分の中心とピタッと重なり合う、間違いない手ごたえ。
理由はわからなくても、確実であると自分の感覚を信じ切っている落ち着きを感じていました。


治療の当日。
朝の9時、いつものように点滴を受ける部屋のリクライニングできる椅子に座ります。
部屋には10台以上の椅子がありますが、受ける方は数名ほどです。
お互いに軽く会釈し、言葉にしなくても伝わる同志のような感覚を分かち合います。

血液検査をうけて、主治医の先生に今日も治療がうけられる状態にあることを聞いたあとは、吐き気止めのカプセル薬を飲んで準備します。
看護師さんが点滴パックに書かれている名前を確認してくれて、私の腕に準備のためのステロイド薬が入った点滴が流れこみ始めます。
この1つ目の点滴は40分以上かかります。

この間中、神さまにずっと祈り続けます。
目をとじマントラを丁寧に繰り返します。
自分の中心が常に神さまに置かれているようにと願いながら。
それは、起きることのすべてを神にゆだね、自分の感情のジャッジを手放しニュートラルな状態、無心な状態でいられるように整える作業です。

何にもジャッジしない。
自分のエゴを開け放つ。
ヨガでいうバクティを大切にします。

何が正しいとか、これは間違っている、
と言うのは自分のエゴですから、
抗ガン剤への抵抗や、副作用への恐れもすべて手放しゆだねて過ごします。

2つ目と3つ目の点滴は、抗ガン剤です。
二種類の薬を使います。
抗ガン剤は濃度が濃いので、腕に薬が入ってくると薬が流れる血管がとても痛くなります。
そして寒気がします。

今日は抗ガン剤が入ってくると体中の細胞が、もう嫌だー!と叫ぶのがわかりました。
それまでは点滴中に身体が嫌がることはなかったのに、なぜか今日は全身が悲鳴をあげています。

でももう決めたこと。
途中で止めることはできません。
3つ目の点滴も受け、最後に4つ目の中和するための生理食塩水の点滴を受けて、4回目の治療は終わりました。

病院での治療が終わっても、私の中の格闘?!はこれからです。
車を運転して家に帰ると、ここから1週間動けなくなるその前に、家の片付けや準備しておきます。

午後2時を過ぎると、いつものあの押し寄せるような気だるさと、内臓の重さ、背中の凝りと足の裏の硬さを感じ始めます。
あーやっぱりきたなぁと、その感覚を受け止めながら、だんだん強くなるその辛さに促されるように布団に入ります。
まだ元気があるので、寝ながら映画をみたりもします。

そう。
私は映画が大好きです。
いつかおすすめ映画をお知らせします。

夜9時になると悪寒がしてきます。
夏なのに寒くて震えるので、冬の布団を家族にかけてもらいます。
食欲はないので、病院で出してくれるステロイド粒(12粒!)と胃腸の飲み薬をなんとか飲み込み、
そこからが自分の身体との深〜い深い問答のスタートとなります。

さて(=^ェ^=)
この続きは、治療の記録④-2にて。

もう空が白々明けてきました。
草木が、太陽の気配を感じると呼吸を始めます。
その呼吸を鳥たちが感じてさえずりはじめています。
夜の虫から朝の鳥へのバトンが渡されて。
私は朝の瞑想をします。

読んでくださった方に、この朝の清々しい気配が届きますように。


















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我が師のことばより




私達は日々苦難を経験します。
そしてその経験から人のこころは、愛とはかけ離
れた怒りや憎しみの感情を抱いてしまいます。
しかし、その経験を愛に変換する 理解と慈悲があれば、私達は神様からの試練に見事パス出来たと言えるでしょう。

いかなる困難の中でも愛のこころを養う事が出来れば、それは完全なる利他行と なるのです。

苦しんでいる人を助けるのはこころの余裕で行うものなので、さほど難しいこと ではありません。
それよりも苦難の状況や、敵に対してなど、こころの余裕が全 く無い中で、愛をもって接する事ができるならば、それ以上の利他行はありません。
(師 岩城和平)

◎これは、私がお師匠さんから以前にいただいた言葉です。
師からの言葉は時間を越えて、打ち寄せる波のように変化をもたらしてくれます。



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治療の記録③-2


『とびきり暑い日には、りんごを一時間凍らせて』

さて。
3回目の治療を受けたあと、自宅の布団で具合の悪さにウンウン耐え忍び。
もーこんな辛さはこれ以上嫌だー、楽になりたいと心底願い、マントラと共に祈っていたとき。

私を今まで取り囲んでいた、しがらみがほどけていくのを感じました。
しがらみ、とは私が今まで持っていた欲の事だと思います。

その時具合が悪すぎる私は、家族のお世話や、知り合いとの連絡、自分をケア(息するので精一杯)する力、思考を使い何かを考え出す力、未来を描く力、過去を後悔する力、が湧いてこなくなりました。
家が散らかっているなとか、子供が勉強してないなとか、成功している人を羨んだり、誰かと自分を比べたり、離れた誰かを心配したり、戴いたものへの感謝の贈り物をしなくてはとか、メールの返事を返してないなーなどの、日常の思いと、だんだん遠く離れていく感覚でした。

きっと元気な自分には、なかなか手放せない欲だったっのだと思います。

それは、とっても楽な幸せな愛に包まれて許される感覚です。
そう、許される感覚!

目が開かない。
声もでない。
体は動かないけど、それに抵抗する必要もなくなって。
体が軽くなり、元いた場所にようやくもどれる安心感にリラックスが極まっていきます。
きっと死は怖いことではなく、幸せと愛に包まれながら、苦しみを作る欲やしがらみから解放されていくプロセスなのだと感じます。
私たちの沢山のご先祖さまたちもこうして死への
プロセスを経験してきたのでしょうね。

日常はとっても大切で、私たちに素晴らしい経験をもたらしてくれます。
究極に追い詰められた具合の悪さに、どうしてもこれ以上動きがとれなくなる時、自然と潔く正々堂々と、この身を委ねることができるようになるのかもしれません。そこに無理やプライドはもういらなくなります。

私たちはいつか死を経験します。
いまは怖さを感じる方もいらっしゃるかもしれません。
でもきっと大丈夫です。
その死の経験も大切に味わえる自分に変化していくために、日常は存在しています。そしてヨガや瞑想も。

今回、私は死に近づく経験をしたのだと思います。
(けれど私はまだまだ長生きします)

またそのうち、ヨガを再開したときにこんな感覚も織り交ぜながらお話しできたらいいです。

暑さも楽しんで、許していきましょうね。




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治療の記録③-1


『カラスノエンドウの淡い色にうっとりします』

夏の暑さをうまくしのぎながら、頑張ってお仕事や家事をしながら、自分探しをしていらっしゃるでしょうか。

私はカツラの暑さにビックリしています。
真夏は頑張って二時間が限度です。
あとは、陰にかくれてスポッと脱いで汗をタオルで拭いてサッパリ。あー気持ちがいい。

私は3回目の治療が終わりました。
3週間のサイクルはあっという間です。

私たちは幸せになるために生まれてきました。
幸せの中に愛をみつけていきます。
どんな人生の中でも、幸せを求める気持ちを無くさないように。
たとえ死を迎えるときにもね(=^ェ^=)

まずは3回目の治療のあとの様子から。
何か美味しい飲み物をのみながらのんびりお読みください。

さて。
抗ガン剤というものは、治療を重ねていくと、薬の蓄積、という状態が起こり気持ち悪さや倦怠感が増幅していくことが多いです。

目に見える変化は、爪の色がだんだん黒くなってきたり、爪の両端がはげてきたり。あとは皮膚のメラニンが刺激されて肌が黒ずんできたりしています。
(どうぞ顔のシミがこれ以上濃くなりませんように!)

また、髪の毛につづきすべての体毛が薄くなります。
今は鼻毛が抜けてしまったので、鼻の中が乾燥してチクチクしています。 そんなときは、オイルを塗ってケアします。

また肝臓の数値が悪くなります。
肝臓の細胞が壊れて血液に溶け出している様子を表す数値も上がります。
おーまいごっと!

けれど、治療が終わればまた元気になると信じて治療を受け抜く気持ちを、私の深いところがしっかり支えてくれているのを感じます。

治療をしてから1週間位で生活復活するつもりでいたけれど、2回目、3回目...と重ねるたびにスッキリ感が戻るまでに時間がかかるようになります。

ということは、
体にたまった薬をなるべく早く外に出す!
ことが大切だとわかります。

下記は、わたしが実践している肝臓をいたわりながら丈夫にし解毒していく方法です。
(健康な人にはそのまま当てはまらないかもしれませんし、もちろん各人の体質にもよります。
なぜなら、一人一人の人生のシナリオはみんな違いうからなんですね)

■実践すると体が喜ぶこと
・枇杷の葉温灸(体が温まり代謝抜群です。肝臓、内蔵が元気になり、気持ち悪さが軽くなります。)
・スギナ、枇杷の葉、オオバコ、ヨモギを煎じてお茶にし飲む
(胃腸の調子が回復してきたらで大丈夫)
・ゼラチンを摂る
(1日に10グラムを飲み物に溶かして飲む。便秘予防や、弱っている肌の調子がいい。また、ガン抑制効果があると聞きました)
・梅干しを食べる
(しっかり天日干ししたもの。添加物を使ってないもの。ガンがある人は、体が酸性になっています。梅干しをたべて、アルカリ性の免疫ある体へ。梅肉エキスも最高です)
・玄米(水につけて必ず発芽させてから炊く。すりゴマを大さじ3杯かけて食べます。もうおはぎみたい!)
・発酵食品を摂る
(納豆、味噌は必需品。味噌も特に手作りは美味しいです。添加物が入ってないものを選びます。発酵食品は腸を元気にします。免疫は腸が出発点)
・お腹が本当に空いたら食べればいい。
(欲なのか、体が純粋に欲しているのか、感じてみて)
・食べ過ぎず、感謝して祈りながら食べます。100回噛んで(=^ェ^=)
(命を私たちに預けてくれている食べ物は、私たちの心身になってくれます。命が命をつくります。)
・野菜やフルーツを多くとります。
・リラックスする
(ガンがある人は、無意識にいつの間にか緊張しています。緩めるような生き方に変えていきます。
マッサージをうけたり、愛し信頼するひとに体がをさすってもらったり、手を握ってもらう。医療者の方でももちろんいいです。
リラックスする音楽、絵、リズム、趣味、場所、散歩、ヨガの動き、マントラ、呼吸方。ヨガで言う聖なるものです。)
・毎日瞑想します。(横になった状態でももいいと思います。どんなに体調が辛くてもできる唯一の癒しです。瞑想は心を清らかにしてくれます。心に溜まったものが現実化し見ている世界を構築していますから、心を清めることにより、見ている世界は変わります。間違いなく)

・どうしても生きたい理由をみつける
(実はこれが一番大切なのだと感じます。
私はヨガをする上で生きたい理由を強く持つことは、欲に繋がるのではないかと思っていました。
でも違います。
体と心をいただいてこうして生きている私たちには、生きていく為の強い揺るぎない目標が必要となります。誰にも遠慮せず、強い生きる希望を持ちましょう。
心が現実を投影し、世界を形作っています。
自分の内面から溢れる希望を、ぜひ見ている世界に映し出し、生きてみてください。
私もしっかり希望を持って治療にのぞみます。)

■今の体に負担をかけないために控えること
・白砂糖、精白米、精白麦、肉(特に豚、牛)、卵、牛乳(乳製品)、食品添加物、コーヒーなどの刺激物、アルコールなど、ストレスや心に余裕のなくなる生き方。
(上記に挙げた食べ物は体を酸性にする食べ物などです。肝臓に負担をかけるので胃腸も弱り、免疫が弱くなります。

特にガンがある方は、上記の食べ物を完全に摂らない方がいいのかもしれません。
でも、家族や友人と過ごす中で完全を追求するのは難しいときもあります。
楽しい時、食べたいと思ったときは、思い切ってその時をすべて味わう気持ちで感謝して頂くことが大切なのだと思っています。
だって幸せな気持ちですごせるのですから)




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